伴名練『なめらかな世界と、その敵』感想

 

なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

 

 

もう 20 年も前の話だけど、就職したばかりの頃、会社からの帰宅途中に立ち寄った本屋で西尾維新クビキリサイクルを買った。講談社ノベルスの新刊で面白そうなのはよく買っていたが、その頃には珍しいアニメな表紙で、どこか新しさを感じた。内容はかなりよかった。控えめに言うと、アニメやマンガを描きたいけれど描けないからしかたなく、でもマジで小説やってるような、どこかロックな感じがした。好きになった。その戯言シリーズと呼ばれる連作はとても勢いがあり、だけどどこか手探りで、だからこそ新しい鉱脈をその都度見つけるような、そんな楽しさが詰まっていた。西尾維新は同じ講談社から出版されたファウストという京極夏彦の小説のようなレンガの形をした雑誌にも作品を掲載していて、いわゆるゼロ年代の作家の作品もあり、どれも面白くて、これはいい流行だなとしばらく追っていたけれど、仕事と生活に忙殺されてだんだんと小説はあまり読まなくなっていった。

ある日ふと本屋に立ち寄ると、講談社BOXなる新レーベルで西尾維新物語シリーズというものをリリースしていた。丁寧な装幀から期待して手に取ったが、西尾維新のごしゃごしゃっとした感じが好きなぼくにはどうもイマイチでピンと来ず、後のアニメ化から人気のブーストがかかるところは、ちょっとついていけなかった。内容がどんどん薄くなっていると感じていた。それでも続・終物語までは、毎度淡い期待を抱き全て購入し、アニメも見て、映画も映画館で全て見て、そのたびに首をかしげるという、よくわからないことをしていた。ファンだという人になにが良いのか聞いてみたら、阿良々木暦の妹がエゲツないとかそういうのが好きらしく、なるほどぼくは完全にターゲットではなかった。あと、少女不十分に何かが見えた気がしたが、今思うと気のせいだったんだと思う。

この 20年ぐらい、ぼくはソフトウェア・エンジニアとして働いてきた。インターネットの広まり、携帯電話の進化、SNS の浸透、突然の AI 登場と、なるほど 20世紀は世界的にイデオロギーの実験と失敗で、21 世紀は世界的なテクノロジーの実験だというフレーズもわからんでもない。そんな波になんとか乗ってきたわけだから、一般的な人、つまりたとえばぼくの嫁や両親や息子らと比べると、たとえば最近の AI に関する出来事については、まあまあ理解している方だと思う。業務で使ってないから素人の意見だけど、機械学習にしろ Deep Learning にしろ、実用面から見ると、その核にあるのはすげえパターンマッチングなんだとと思っている。これとこれは似てるから一緒、これは違う、というやつ。応用として、A と B は似ているから、B の今後の変化は A の今後の変化と似てくるかも知れない、というのがカーナビの目的地予測だったりする。僕なんかはソフトのバグのトリアージデバッグでだるい時、あーこれは AI やってくんねえかなあと思ったりする。似ているものを探して誰かにアサインしたり、ググって似ている事象を探したり、似ている事象の解決策を適用したりする。

よくいわれるフレーム問題もまあわかるので、いまの AI はやはり道具であって使う側の人間の問題なんだよというのは実感としてあるんだけれど、よく知らない人からすると、AI が AI 作ります、シンギュラリティです、といわれるとインパクトは大きいんじゃないかと思う。ノストラダムスの恐怖の大王の椅子がしばらく空いていたので、そこに座ったのがシンギュラリティなのではなかろうか。そしてぼくがエンジニアだからといってその手の不安から逃れられるかというとそんなことはないと思っている。それとこれとは話が別で、技術の話ではなく、社会や文学の話なんだと思う。その考えが正しいかそうではないか、信じているかいないかではなく、その考えを共有しているからだ。

最近になって SF 小説が目に入る機会が多くなってきたのは、そういう下地があったからだと思う。SF 用語と漢字の混じったケン・リュウの小説はとてもいい感じだったし、ネットで見かける中国のディストピアっぷりは興味深かった。折りたたみ北京も悪くない... だけどまだ足りない、古典 SF は今も現実感をもって読めるのがすごいけれど、なんか古い… 中国 SF もいまいち突破してくれない。大好きな森博嗣はさすがに目敏く W シリーズで AI の話を始めた(四季の影をつかせなくてももういいのに…)。

もうちょっとなんだけど、なんだろうなんだろうと思っていた時に『なめらかな世界と、その敵』を読んだ。とても良かった。面白かった。と同時に何の脈絡なく思ったのが、ぼくが西尾維新作品に期待していたのはこういうことだったのだと思った。ライトノベル風でありながら、中身は SF な、というやつ。ぼくは間違っている。蕎麦屋のラーメンが美味しくないと言っているようなものだ。だけどぼくがなにかを欲していたのはたしかであって、それをぼくの言葉にすると、西尾維新が本気出して書いた SF なんだ。そしてこの作品はストライクだった。

作品自体の感想ですが、シンギュラリティ・ソビエトの赤ちゃんの群れの意味不明さと、労働者現実、党員現実ときて、最後に書記長現実とグレードが上がっていくのが好きです。あとゼロ年代とひかりよりはやくのような軽くて熱いはなしも好きです。なめらかな世界はコンテキストスイッチどうなってんのかわかりませんが、勢いが好きです。

ハヤカワは多分虐殺器官とハーモニーの表紙をアニメ調に変えたあたりからたぶん僕のようなラノベにイマイチはまれない奴をターゲットにしていたんだと思います。百合はわからないけど、何かあるんじゃないかと覗いてみようとするじぶんがいる...

 

素晴らしい本だと思います。